中学受験させる理由を明確にできる考え方の一例。

ひとりごと

こんにちは!2021年4月時点で新小学生になる娘と幼稚園年少に入園する二児の父のゆるパパです。2027年度、2029年度と中受予定です。

この中受ブログを始めるにあたり最初にお伝えしますが僕の学歴は極めて平凡です。

学力は遺伝がする客観的データを一旦受け入れる。

僕は親が平凡学歴者による中受ブログはほとんど見たことがありません。

(いや、無意識に避けているのかもしれませんが。)

平凡こそ絶対数は多く必要とされる方が多いはずなのに。

子どもの学力は親の遺伝に大きく左右されるのは周知の事実。

だから私が平凡なら高学歴な方や高IQな親、子どもの中受ブログを読んでもはっきり言ってあまり役に立つ話がないのではないか

たとえば、4人の子どもを東大医学部に進学させた有名なお母さん。

普通に考えたら彼女やそのご主人の学歴を見れば、そもそも遺伝を無視できないわけで。

彼女と同じようにやっても僕ら凡人に出来ることなどどれくらいあるのでしょうか。

僕はその点においてかなりのギモンを持っています。

全て遺伝が関与

顔や性格や体格が似るのに学力は似ないということが果たしてあるのか、ということを加味すればどうしたって彼女の情報が役立つのはやはりそのレベルに行けた親がすれば良いことであり、少なくとも僕らができることではないのではないか。(あくまで「学業」という範囲では)

だから凡人がいくら頑張っても遺伝により報われる範囲は限定されている、ということをまず認識しなければならないと思うのです。

例えば音楽の才能の遺伝率は9割を超えるそうです。

もちろん例外はありますし、その例外が我が子かも知れない違うかもしれない。

でも努力すれば報われる前提として我が子に勉強させること次第に苦しくなるでしょう。

だから。

僕が平凡だと自認する、そう考えられるかが全てのスタートだと考えています。

IQの遺伝率は約77%

橘玲たちばなあきら著「もっと言ってはいけない」によれば一般知能(IQ)の遺伝率は77%。その他23%は環境によって左右される。ということは、両親(僕や妻)を顧みればすでにある程度どのくらいのものなのか予測できてしまうわけです。

こう書くともう身も蓋もない。

じゃあ中受させることに意味なんてやっぱりないのでしょうか?

それは半分合ってて半分は違うのではないかとも思っているのです。

どういうことか?

「私」によれば世界はこうなっている。

それは、

「私(我が子)によるとこの世界こうなっている」と説明できること。

そもそもこれが2人の我が子に身につけてもらいたい知恵・考え方です。

その一環として中受をさせること。

これこそが中受の真の目的です。

たとえば日本語の語彙が少なければ世界の有り様を説明する能力もまた限定されます。経験もまた言葉によって説明されるからです。

  • 私によれば世界は、楽しい、美しい、のか?
  • 私によれば世界は、苦しい、辛い、だけのか?

それは全て自ら見聞きして勉強して経験してきた私」だけが導ける「私」だけの世界のはず。

  • 小さなころからなぜ勉強しなければならないのか?
  • 私の喜びとは一体なんなのか?
  • 私はこれからなにをするのか?
  • もし逃げたいような出来事に遭遇したとき、どのように考えを転換できるのか?
  • 見方によって面白がれないか?

面白がる視点を持ちたい

あらゆる視点で自らの人生を切り取り、できるならば楽しいときも、たとえ苦しいときでも、私にとってこの世界はこう説明できてしかも面白がれる!

それが平凡な僕が辿り着いた結論。

という世界観を身につける一つの中間地点、それが中受なのだ、と僕は考えているのです。

こう考えると何か壮大な気がしてしまいますが、要は「生まれたからに人生楽しめよ、そのためには判断材料が必要だよね、だから今から勉強するんだよ!」ってことを子どもに伝えていく、ということです。

じゃあ、それは幼稚園生や小学生でやることなのか?

親がどうこうしなくても子どもは勝手に成長していくんじゃないのか?

たしかにそう思います。

でも、「私にとって世界はこうなっている」と説明できることは、何も子どもたちにだけ当てはまることではないと思います。

つまり、僕自身が迷ったり悩んだりしながら教育していくこと、その経験こそ「私にとって世界はこうである」という僕の理念そのもの。

やっぱり親がいてもいなくても変わらないや、と思うかもしれないし、思わないかもしれない、もっと上手くできるようになるかもしれない。

それ自体を僕はこのブログで「私にとってこともの教育とはこうである」と考えるきっかけであり装置なのです。

そこから何を学べたか?楽しめたか?やれることはやっていこうと思います。

人の親として生きていくことになったのですから、楽しんで行きたいものです。

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